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なにわ橋紀行NO3

シリーズ第三弾は旧淀川である「大川」にまいります。
大川は旧淀川の一部でして、新淀川(現在の淀川)から分岐して、中之島の東端で堂島川土佐堀川に分かれます。従って淀川分岐から中之島東端までを大川と呼びます。

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まずスタート地点に「毛馬閘門」があります、正確には「毛馬水門」もあります。
毛馬閘門は水位の違う淀川と大川の水位を合わせて通船の便をはかり、毛馬水門は大川へ流す水を調節します。
またこのあたりは、俳人「与謝蕪村」の生誕地でもあります。
左の写真の左端に少し写ってますが・・(^^ゞ

次に城北通りが通る「毛馬橋」です。
IMGP1933.jpg
毛馬の名の由来は、遠い昔この地が草の生い茂る淀川河口洲で、地上に生ずる草木を一般に毛ともよび、川洲の一つを毛志馬(けじ ま)と名づけられ、これを縮めて毛馬になったとする一説があります。ホント o(゚Д゚)っ?

川沿いに進むと、東から「城北川」が合流します、城北川にかかるのは「春風橋」です。
IMGP1923.jpg

このあたり、公園もあり、高層マンションも多く、閑静な住宅街です、朝の散歩は気持ちいいだろうな・・
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この橋は「飛翔橋」、歩行者自転車専用橋です、美しい橋ですよ、川沿いは桜並木で春の満開時にはもう・・( ・∀・)イイ!!
何か朽ち果てた船も止まってて、ノスタルジック(・_・)......ン?
IMGP1915.jpg
次の橋は1号線が走る「都島橋」です。
ここから少し曲がりくねって環状線の鉄橋の横に「源八橋」があります。

IMGP1884.jpg
このあたりに江戸時代初期からの長い歴史をもつ”源八渡”があり、与謝蕪村は”源八をわたりて梅のあるじかな”という句を詠んでいます。

横目に「帝国ホテル」を見ながら、次の「桜宮橋」を見ると、大阪城が綺麗に見えます
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「桜宮橋」は通称「銀橋」と呼ばれ、とても美しい橋です。
現在横に「新銀橋」がほぼ完成しておりますが、昔の方がやはり美しい気が・・

次に見えてくるのが「川崎橋」です
IMGP1865.jpgIMGP1859.jpg

江戸時代、大阪城京橋口から、幕府の役人宅や諸藩の蔵屋敷があった対岸の川崎(北区天満一丁目の一部)へは「川崎渡」が通っていたことからこの名が・・

そう言えばこのあたりは「院長先生」のお膝元ですね(゚_゚)(。_。)ウンウン
IMGP1866.jpg
次は「天満橋」です、京阪電車の駅がありますね、向こうに見えるのは旧松坂屋です。
ここから先の三つの橋「天満橋」「天神橋」「難波橋」は江戸時代以来、大坂の町にとって最も重要で親しまれた橋で「浪華の三大橋」と呼ばれてました。

IMGP1857.jpg
これは「天神橋」です、このあたりから「堂島川」「土佐堀川」に分かれます、したがって「中之島」の東端でもあります。
当初は新橋と呼ばれていましたが、天満天神社が管理することからしだいに天神橋と呼ばれるようになったらしいです。

IMGP1720.jpgIMGP1696.jpg

大川最後の橋は「難波橋」です、ライオンの石像が欄干にあることから「ライオン橋」の呼称で親しまれています。
ここは、「堺筋」が通っており、北浜界隈ですね。

さて、ここからは「土佐堀川」「堂島川」編に続きますよ、次回はいつにアップできるやら(;-・。・-;)

そう言うわけで、「大阪の橋」にまたいろいろアップしておきます・・


大阪の橋

大川、

良いですよね。
毛馬から中ノ島まで、散歩コースとしては最高です^^

やっぱり一番すきなのは川崎橋です(笑)
[ 2007/06/03 07:51 ] [ 編集 ]

Re 院長先生

ほんと、桜の季節は綺麗でしょうね・・
川崎橋も美しいですよね
[ 2007/06/03 23:00 ] [ 編集 ]

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